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ピックルボールに多い怪我と
その予防法
ここ数年、爆発的な人気を誇るピックルボール。この記事を読まれている皆さんの中にも、ピックルボールを楽しまれている方が多くいらっしゃると思います。
人気の程は数字の上でも明らかです。2022年から2023年のたった1年でピックルボール人口が51.8%も増加しています。2024年の SIFA (Super International Pickleball Federation Association) の State of Pickleball: Participation &Infrastructure Report によると、この3年で、ピックルボール人口がなんと223.5%も上昇し、アメリカでもっとも急成長中のスポーツとなっているそうです。
ピックルボールは1965年、アメリカに住む3人の友人が、家族みんなで楽しめるゲームとしてテニス、バトミントン、そして卓球の3つのスポーツを組み合わせたゲームを編み出したのが始まりです。この子供から高齢者まで楽しめるスポーツはたちまち人気となり、1984年にはアメリカピックルボール協会 (USAPA)が創立され、アメリカ全土へ広まりました。その後シニア向けのゲーム大会でもピックルボールが採用され、高齢者向けのワークアウトとしても人気が高まります。2000年以降は世界的な広まりを見せ、コロナ禍でさえも、相手と安全な距離を保ちながらプレイできるスポーツとして人気を保ちました。そして現在、ピックルボールは世界中の人が楽しむスポーツに成長しています。
ピックルボールは幅広い年齢層の人々が楽しめるだけでなく、そのアダプタビリティの高さも人気の秘訣と言えます。このスポーツは屋内、屋外でプレイでき、車いすの人も楽しむことが出来ます。シンプルで分かりやすいルールや、必要な道具が比較的安価であること、そしてグループで楽しくプレイできることなども人気を後押ししています。
このように、誰もが気軽に始められる大人気のピックルボールですが、競技人口が増えるとともに、このスポーツでケガをする人が増加しているのも事実です。
2024年のSIFAのデータによると、ピックルボール競技人口の平均年齢は35歳で、最多層は25-37歳となっています。ピックルボールをする人は、長時間プレーする傾向にあり、その結果、疲労による怪我を起こしやすくなります。2024年の米国整形外科学会の報告によると、過去5年間で、60歳代のピックルボールが原因の骨折は、なんと90倍も増加しています。
ピックルボールでよく起こる怪我
ピックルボールというスポーツそのものはローインパクト(低衝撃)、かつアクセシビリティが高いことで知られていますが、迅速で力強い横方向の動きや、素早いピボットが要求されるスポーツなので、決して身体にストレスフリーな競技ではありません。むしろこの瞬発的な動きによる衝撃や繰り返し動作によって、経験豊富なアスリートでさえ急性のケガやオーバーユース症候群を引き起こすことがあります。
回旋腱板損傷
ピックルボールプレーヤーに最も多く発生するのは肩のケガです。テニスやバレーボールと同様に、ピックルボールは素早い動きや方向転換、腕のスイングが必要なため、急な回転や腕のオーバースイングなどによって、肩の筋肉や関節に大きな負担がかかります。この回旋腱板損傷には変性回旋筋腱板断裂、上腕二頭筋腱炎や腱炎が含まれ、これらは加齢とともに発生しやすくなるため、シニアプレーヤーがゲームを楽しむうえで問題となりがちです。
テニス肘(ピックル肘)
テニス肘(またはピックル肘)は、外側上顆炎とも言い、肘の外側にある上顆(骨の出っ張った部分)に付着する腱が炎症を起こす状態です。主に前腕の筋肉と手首や指を伸ばす筋肉の過使用が原因で、繰り返し運動が断裂や微小な傷を起こし、痛みや可動域の制限、および腱の炎症を起こします。
膝のケガ
瞬発的な横方向の動きと、それに伴うブロッキングや体を捻る動きは、ピックルボールのゲーム時によくある動作です。2020年のCurrent Sports Medicine Reportsでは、これらの瞬発的動作を行う際のケガを起こす可能性について説明しています。この研究では、南カリフォルニアや地方でのトーナメント、又はオープンプレイの場で最も頻繁にみられる膝の典型的なケガは、半月板損傷、膝蓋腱障害、内側側副靭帯損傷や変形性関節症の再燃であると述べています。
アキレス腱炎
ピックルボール人気が高齢者間でますます高まっている今、アキレス腱炎は58歳以上のピックルボール競技人口間で大幅に増加しており、大きな懸念となっています。
ピックルボールは早いゲーム展開が特徴でもあるため、急なスタートや停止、足首のブロッキング、背屈や逆転運動を瞬発的に行うことがあり、これらの動きがアキレス腱炎を引き起こし、裂けるようなひどい痛みとして現れます。2024年にSage Journalに掲載された研究では、2013年から2023年の間で、ピックルボールによるアキレス腱断裂の事例が43件あり、2016年以降、顕著に増加していることを示しています。
手首の捻挫
ピックルボールをプレイする際、素早い反射運動、強力なパドルストロークと手首の頻繁なアジャストメントは必須です。この動作には、わずかな回転と、突然の手首の力強い動きが必要で、この反復動作はやがて手首の捻挫などにつながる可能性があります。捻挫の原因の多くは初心者の技術の低さや、過度の手首の使用、又は予期せぬ転倒によって起こります。手首の捻挫は些細なことのようですが、放置しておくと長期的な手首の不安定性や不具合を引き起こすこともあるため、ピックラーは手首の腫れ、しびれ、打ち身、可動性の低下など、初期症状を認識して速やかに対応することが大切です。
内転筋の断裂
内転筋は、特に大内転筋は、太ももの内側にある大きな筋肉で、神経支配、血液供給および股関節伸展での作用が似ているため、ミニハムストリングとも呼ばれます。急な方向転換やランジ、加速、減速を要するピックルボールのゲーム中に鼠径部の肉離れを起こした際、大内転筋の断裂が起こっていたり、長内転筋や、短内転筋の損傷を起こしていることもあります。
転倒
ピックルボールのルールはテニス、バトミントンとバレーボールを組み合わせたわかりやすいものですが、ピックルボールのユニークな点は、「キッチン」と呼ばれるノンボレーゾーンと呼ばれるエリアがある事です。キッチンはピックルボールのゲーム戦略において重要な要素ですが、突然の動きや停止を戦術的に行うことが、ケガの原因の一つにもなります。また、不適切なシューズの着用、未熟な技術、手入れの行き届いていないピックルボールコートがアクシデントを引き起こし、ケガに繋がります。
慢性的なピックルボールのケガの理学療法
急性のケガと異なり、ピックルボールが原因の慢性化したケガの管理は、回復プロセスが複雑になります。慢性のケガは、長期間に渡る繰り返しの動作や過使用が主な原因で、徐々に進行します。そして痛みや不快感が増加し、やがて重大な組織変性(腱鞘炎)や可動域の制限が起こり、持続的な痛みが伴うようになります。
慢性化した、ピックルボールが原因のケガに対する理学療法のプロトコルは、患者の訴えやケガの種類、活動レベル、回復目標や活動目標に基づいて建てていきます。
筋力トレーニング
ピックルボールのゲームに本格的に参加する前に、上肢や下肢を鍛える筋力トレーニングを行うことは、突然起こるケガを減らす上でとても役立ちます。ダンベルやカフウエイトを使用した伸展時の手首の強化は握力を向上させ、足首の強化により迅速な多方向への動きに対応できるようになります。ピックルボール特有の急な加速や減速に身体が対応できるよう、筋力トレーニングは身体全ての主要な筋肉群に焦点を当てることが大切です。
柔軟性トレーニング
プレーする前に、相乗作用と拮抗作用に焦点を当てたストレッチを行うことでパフォーマンスの向上とケガの予防に役立ちます。相乗作用とは、複数の筋肉が協調して動作をサポートすることです。ハムストリングとふくらはぎのストレッチを前屈運動などで行う事が、この相乗作用に対応したストレッチの一例として挙げられます。拮抗作用とは、一方の筋肉が収縮すると反対側の筋肉が弛緩することです。柔軟性トレーニングを行う際には、臀筋、股関節伸筋、大腿四頭筋、下肢の腓腹筋などを特にしっかりストレッチしましょう。
バランスエクササイズ
バランスエクササイズは、足首の固有受容性神経筋伝達を改善し、安定性の向上や、コアの強化に役立ちます。バランスが良くなることで素早い反応が可能になり、ケガや捻挫のリスクも低減します。バランスエクササイズには、タンデムウオーキングやロンバーグスタンディング、バランスボードやウォブルボードでのトレーニングなどがあり、動的バランス、反応バランスや静的バランスを改善します。
プライオメトリックとアジリティトレーニング
ピックルボールのゲームは、戦術的、技術的、心理的スキルが必要です。このゲームは手と目のコーディネーション(協調性)を向上させますが、プレーする際には素早いスプリントやピボットも必要です。プライオメトリックトレーニングは敏捷性のパフォーマンスを向上させ、上肢、下肢の筋肉も強化します。具体的なトレーニングの例としてボックスジャンプやサイドホップ、バウンディングなどがあります。
アジリティトレーニングは素早い方向転換、加速、減速、そしてバランスを向上させるトレーニングで、ラダートレーニングやコーンドリル、シャトルランやミニハードルなどがその例です。
回旋筋腱板(ローテーターカフ)の強化と肩の安定性
回旋筋腱板は肩甲骨と上腕骨をつなぐ4つの筋肉から構成されており、肩甲骨の安定性と動きを支える重要な筋肉群です。これらの筋肉を鍛える事で肩の可動性、柔軟性や安定性を向上させます。スローワーズテンプログラム等の、回旋筋腱板活性化プログラムは、野球やバレーボールの選手向けに設計された、肩と肘のリハビリおよび強化プログラムですが、ピックルボールのプレーヤーが行うラケットのスイングや、オーバーヘッドショットのように、肩に負担が掛かる動きによる怪我の予防や回復に応用できます。
コアスタビリティエクササイズ
体幹の安定性(コアスタビリティ)は素早い方向転換や、ラケット操作に必要な体のバランス、安定性、そして強力なショットを可能をするパワーの伝導性を向上させる上でとても大切です。下肢サーキットトレーニングは下半身の強化とコアスタビリティを同時に強化する効果的な方法です。エクササイズの例として、スクワット、ランジ、シングルデッドリフト、クラムシェルや背屈運動が挙げられ、これらのトレーニングは股関節外転勤を強化したり、間接的に骨盤とコアの安定性を強化します。
ピックルボールでのケガを防ぐには?
適切なウオームアップ
ゲームを始める前に10-15分かけてしっかりウォームアップを行いましょう。ジョギングやハイニー等の軽い有酸素運動で身体を暖めた後、動的ストレッチ(ダイナミックストレッチ)としてアームサークル(腕を大きく回して肩関節をほぐす)、レッグスイング、ランジツイストやヒップサークルを行って、体幹や肩、膝、股関節をほぐしましょう。全米ピックルボール協会は、アップとしてボレーを取り入れることを推奨し、肩と膝のウオームアップの重要性を強調しています。
適切なテクニック
ケガを未然に防ぐために、ピックルボールのプレー中に急なピボットは避けるようにしましょう。コートでつまづいたり、転倒したりといったケガを予防するために、このスポーツでよく使う特定の筋肉を鍛えるのみでなく、クロストレーニングで全身の筋肉を強化して筋肉バランスを整え、特定部位への負担を軽減させましょう。また、身体の声に耳を傾け、疲労困憊状態になるまでプレイしない、水分補給をこまめに行う、そして筋疲労を軽減するために頻繁に休憩を取って体を休めることが大切です。
サポートギアの着用
インドアでもできるスポーツなので、ピックルボールを軽いお遊び程度のスポーツだととらえている人もいるかもしれません。しかし、このスポーツは多方向への素早い動きが要求されるため、適切なサポートギアや、靴を使用していないとケガが起こる可能性が高まります。靴はコートの種類に合わせて(屋内、屋外)選び、専用シューズやバトミントン、バレーボールシューズなどから自分の足にフィットし、クッション性、グリップ力、足首や足のアーチをしっかりサポートするものを選びましょう。靴底のトレッドが摩耗した際はすぐに交換しましょう。なお、ランニングシューズは横移動に対応していないので不適切です。更に肘や手首のケガを避けるために、正しいニュートラルグリップとスイング法を学び、必要に応じて保護用の足首ブレース、リストガードやテーピングを使用することで関節を安定させ、ケガを予防し、また現状からの悪化を防ぐことが出来ます。
目のケガを防ぐ
ピックルボールの人気が高まるにつれ、目のケガがトップに躍り出るほど多発しています。網膜裂傷、角膜擦過傷、外傷性水晶体亜脱臼はピックルボールで起こった目のケガで救急外来を訪れた人に多く見られるケースです。これらの外傷から目を守るために保護メガネの着用が義務付けられています。このメガネは異物から目を守るのみででなく、偏光レンズにより見えやすさの向上やまぶしさの軽減に役立ちます。
負荷のマネジメント
ピックルボールのケガは、本質的に予防可能です。筋肉や関節の使い過ぎを避けるために、プレイする時間や強度は徐々に増やしていき、身体を慣れさせていく必要があります。そして、プレーの合間には十分な休息をとり、身体の回復を促しましょう。正しいフォームやテクニックを習得し、身体に不必要な負荷をかけないこと、そして自分に合ったラケットやシューズの選択は身体への負担を軽減します。ラケットは手に持った時のグリップがしっかりしていて、軽くスウィングできるものを選んでください。ヘッドが重いラケットは上顆炎が起こりやすくなります。
プレハビリテーション
プレハビリテーションとは、ケガを予防するために行うトレーニングやリハビリテーションの事です。普通のリハビリがケガの後の回復を目指すものであるのに対して、プレハビリテーションはケガを未然に防ぐことが目的です。筋力トレーニング、柔軟性トレーニングや神経筋トレーニングを行うことでスポーツや日常生活でのケガのリスクを軽減し、パフォーマンスを向上させることが出来ます。特に、高齢者でこれからピックルボールを始める方は、理学療法士の指導の下でプレハビリテーションを行うことをお勧めします。
まとめ
ピックルボールはとても楽しいスポーツで、コロナのパンデミック後にプレーヤーが急速に増加しています。このスポーツはローインパクト(低衝撃)のエアロビックエクササイズですが、他のコンタクトスポーツと同様に、ケガのリスクも伴います。しかし、適切なウォームアップ、怪我予防のためのトレーニングや、正しいテクニックと用具の選択などの対策をしっかり行い、プレハビリテーションやリハビリテーションで体調を整えることで、あらゆる年齢の人が安全に楽しめるスポーツとなるでしょう。
< Recommendation by Our Experts>
- ウォームアップを怠らず、安全にスタートしましょう。
プレイ開始前には10〜15分のウォームアップをしっかり行い、ジョギングやストレッチで筋肉をほぐすことで、ケガを予防しながら体を準備しましょう。 - 道具とテクニックは正しく選び、ケガを未然に防ぎましょう。自分の足や体に合ったシューズと軽量で持ちやすいラケットを選び、正確なフォームを習得することで、身体への負担を減らし、パフォーマンスを向上させましょう。
- プレーヤーの声を聴き、体に無理をさせない範囲で楽しみましょう。水分補給と休息を適切に取り、疲労を感じたら無理せず休みを入れながら、持続可能なペースで楽しくプレイし続けてください。
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