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Evidence-Based Article

エビデンス vs. 臨床経験

科学的根拠と臨床経験、その正しい使い分け

医療やリハビリの世界では、「エビデンスに基づいた治療(Evidence-Based Practice)」が強く求められる時代になりました。
論文を読み、ガイドラインに従い、レベルの高い研究結果をもとに介入を選択する——これは間違いなく、現代医療の大きな進歩です。

しかし一方で、臨床現場ではこんな疑問も生まれています。

「エビデンスが一番大事なのは分かる。でも、目の前の患者さんには当てはまらない気がする」「論文通りにやっているのに、なぜか結果が出ない」

この違和感こそが、EvidenceExperienceの関係を正しく理解する必要性を示しています。

エビデンス

エビデンスは“最も信頼できる知識”なのか?

2024年に行われた大規模調査では、医師・看護師・理学療法士など1,600人以上の医療従事者が、「臨床判断において科学的エビデンスは、個人的な臨床経験よりも重要で、確実で、体系的である」と回答しました(Dewitt et al., 2024)。

特に医師は、5つの医療職種の中でエビデンスと経験の差を最も大きく評価していました。
この結果は、現代医療がどれほど「科学的根拠」を重視しているかをよく表しています。

しかし、この研究は同時に、重要な落とし穴も示唆しています。
それは、「エビデンスが重要である」と感じることと、「エビデンスが常に最適解である」ことは、同じではないという点です。

 

エビデンスには“レベル”がある

私たちはしばしば、「エビデンスがあるか/ないか」という二元論で考えがちです。
しかし実際には、エビデンスには明確な階層(レベル1〜5)があります。

たとえば、ランダム化比較試験(RCT)やメタアナリシスはレベルが高く、症例報告や専門家の意見は低いとされます。
このヒエラルキー自体は、科学的妥当性を考える上で非常に重要です。

ただし問題は、レベルが高い=そのまま臨床で使えるとは限らない点にあります。

 

「正しい研究」でも「合わない患者」は存在する

RCTやシステマティックレビューは、多くの場合、

  • 年齢
  • 併存疾患
  • 生活背景
  • 心理的要因

といった個別性をある程度「排除」した条件で行われます。
そのため、研究としては非常に整っていても、目の前の患者にそのまま当てはめると違和感が出ることがあるのです。

Schleglら(2017)は、Evidence-Based Practice (EBP) を「研究エビデンス × 臨床経験 × 患者の価値観」の統合だと定義しています。
つまり、研究結果だけで治療を決めること自体が、EBPの本来の姿ではありません。

 

臨床経験は低レベルのエビデンスではない

EBPが広まり始めた初期には、臨床経験や専門家の判断は「最下層のエビデンス」として扱われることもありました。
しかし近年、この考え方は大きく見直されています。

Paezら(2018)は、臨床経験を「エビデンスのピラミッドの下」に置くべきではないと明確に述べています。

彼らは、臨床家を“建築家”に例えています。

エビデンスは「建築材料」であり、
臨床経験は「どの材料を、どこに、どの順で使うかを判断する設計能力」。

同じ材料があっても、設計が違えば建物は全く別のものになります。
これは、臨床判断においても全く同じです。

 

経験に頼りすぎることのリスクも忘れてはいけない

一方で、「経験があるから大丈夫」という考え方にも危険はあります。
個人の経験は、

  • バイアスを受けやすい
  • 成功例だけが記憶に残りやすい
  • 再現性に乏しい

という側面を持っています。

Dewittら(2024)の研究でも、年数を重ねることで「科学と経験の差」はやや縮まるものの、経験年数が長い=判断が正確になるとは単純には言えないことが示されています。

 

EvidenceExperienceは「対立」ではなく「役割分担」

重要なのは、EvidenceかExperienceかを選ぶことではありません。
両者をどう統合するかです。

  • エビデンスは「平均的に、何が有効か」を教えてくれる
  • 経験は「この患者に、今、何が必要か」を教えてくれる

この2つを切り離してしまうと、
「論文通りにやっているのに治らない」
「経験則だけで再現性がない」
という極端な臨床に陥ります。

 

まとめ:賢い臨床判断とは何か

Evidenceは、臨床判断の土台です。
しかし、その土台の上にどんな治療を組み立てるかは、臨床家の経験と患者の価値観に委ねられています。

  • エビデンスを知らずに治療するのは危険
  • エビデンス“だけ”で治療するのも危険

Evidenceを理解し、Experienceで使いこなす臨床家になることが重要です。

< アスリート・指導者が覚えておくべき原則 >

✔ 科学的エビデンスは、臨床判断の出発点であり、ゴールではありません。
✔ 研究のレベルや前提条件を理解し、目の前の患者に適用可能かを常に問い直しましょう。
✔ 臨床経験は、エビデンスを「生きた知識」に変えるための重要な要素です。
✔ Evidence・Experience・患者の価値観を統合することが、真のEvidence-Based Practiceです。

< Reference >

  • Dewitt, Barry, Johannes Persson, and Annika Wallin. “Perceptions of Clinical Experience and Scientific Evidence in Medical Decision Making: A Survey of a Stratified Random Sample of Swedish Health Care Professionals.” Medical Decision Making 44, no. 3 (2024): 335–45. https://doi.org/10.1177/0272989X241234318.
  • Paez, Arsenio. “The ‘Architect Analogy’ of Evidence‐based Practice: Reconsidering the Role of Clinical Expertise and Clinician Experience in Evidence‐based Health Care.” Journal of Evidence-Based Medicine 11, no. 4 (2018): 219–26. https://doi.org/10.1111/jebm.12321.
  • Schlegl, Evelyn, Pierre Ducournau, and Jörg Ruof. “Different Weights of the Evidence-Based Medicine Triad in Regulatory, Health Technology Assessment, and Clinical Decision Making.” Pharmaceutical Medicine 31, no. 4 (2017): 213–16. https://doi.org/10.1007/s40290-017-0197-3.