Physio Academia:
Evidence-Based Article
エビデンス vs. 臨床経験
本当のEvidence-Based Practiceは、どちらかを選ぶことではない
Key Points|まず知っておきたいこと
- Evidence-Based Practice(EBP)は、研究エビデンスだけに従う医療ではありません。
- 本来のEBPは、最良の研究エビデンス・臨床家の専門性・患者の価値観や状況を統合する考え方です。¹
- 「エビデンスレベルが高い研究」でも、目の前の患者にそのまま適用できるとは限りません。
- 臨床経験は重要ですが、経験だけに頼ると認知バイアスや古い知識の影響を受ける可能性があります。
- 大切なのは EvidenceかExperienceか ではなく、両者を適切に使い分け、患者の目標と統合することです。
EBPは「論文通りに治療すること」ではない
Evidence-Based Practiceという言葉から、
「一番エビデンスレベルの高い治療を選べばよい」
と考えてしまうことがあります。
しかし、これはEBPの本来の意味とは少し違います。
Evidence-Based Medicineを体系化したSackettらは、EBMを最良の外部研究エビデンスと、個々の臨床家の専門性を統合することとして説明しました。¹
現在ではさらに、患者本人の価値観、希望、置かれている状況などを含めて意思決定することがEBPの基本として広く認識されています。
つまり、
Research Evidence
+
Clinical Expertise
+
Patient Values & Circumstances
を組み合わせることが重要です。
現代医療では「科学的エビデンス」が強く重視されている
2024年、スウェーデンの医療従事者1,627名を対象とした調査では、医師、看護師、作業療法士、歯科医師、歯科衛生士の多くが、個人的な臨床経験よりも科学的知識の方が重要で、確実で、体系的であると評価しました。²
特に医師では、科学と経験に対する評価の差が大きい傾向がみられました。²
これは現代医療において研究エビデンスが重要視されていることを示しています。
それ自体は非常に重要な進歩です。
しかし、
「科学的エビデンスを重視すること」と
「研究結果をそのまま全員に適用すること」は同じではありません。
「エビデンスが高い=その患者に正しい」とは限らない
RCTやシステマティックレビューは、治療効果を評価するうえで非常に重要です。
しかし、研究の価値を単純に、
RCT > 観察研究 > 症例報告
というランキングだけで判断することはできません。
研究を読む際には、
- 研究デザイン
- バイアスのリスク
- 結果の一貫性
- サンプルサイズや精度
- 対象者
- 介入内容
- アウトカム
- 自分の患者への適用可能性
なども考える必要があります。³
さらに、「どの研究デザインが最も適しているか」は臨床質問によっても異なります。
治療効果を知りたい場合と、予後、診断、リスク因子を知りたい場合では、適切な研究方法は同じではありません。
Evidence hierarchyは“答え”ではなく、エビデンスを評価するための一つの道具です。
良い研究でも「目の前の患者」に合わないことがある
研究では、特定の条件を満たす参加者を集めて治療効果を検証します。
しかし実際の患者には、
- 年齢
- 併存疾患
- 症状の程度
- スポーツや仕事
- 心理社会的要因
- 利用できる時間や設備
- 本人の目標や価値観
など、多くの個人差があります。
そのため、研究そのものの質が高くても、
「この研究結果を、この患者にどこまで適用できるか?」
という別の問題が生じます。
これは**Applicability(適用可能性)**の問題です。⁴
研究で示されるのは、多くの場合「研究対象となった集団における平均的な効果」です。
それを個々の患者にどう適用するかは、臨床判断を必要とします。
臨床経験の本当の役割とは?
ここでClinical Expertiseが重要になります。
Paezは、臨床経験・専門性をエビデンスピラミッドの最下層に置くのではなく、研究エビデンスを患者に適用するための別の役割を持つ知識として考えるべきだと述べています。⁵
彼はこれを「建築家」に例えています。
研究エビデンスが建築材料だとすれば、
臨床家の専門性は、
- どの材料を使うのか
- どの順番で使うのか
- この患者に適しているのか
- 結果を見ながら何を変更するのか
を判断する設計能力にあたります。⁵
つまり、臨床経験は研究エビデンスの代わりではありません。
研究エビデンスを適切に解釈し、患者に適用し、その反応を見ながら調整するために必要な能力です。
しかし「経験があるから正しい」わけでもない
経験には大きな価値があります。
しかし、経験だけで判断することにも問題があります。
臨床判断では、
- Confirmation bias(自分の考えに合う情報を重視する)
- Anchoring(最初の印象に引っ張られる)
- Availability bias(印象に残った症例を過大評価する)
- Overconfidence(自分の判断を過信する)
などの認知バイアスが影響する可能性があります。
医師を対象としたシステマティックレビューでも、複数の認知バイアスが診断やマネジメントの判断と関連することが報告されています。⁶
また、経験年数が長いこと自体が、常に高い医療の質を保証するわけでもありません。
医師を対象とした過去のシステマティックレビューでは、経験年数と知識・医療の質の関係は一様ではなく、多くの研究で経験年数の増加が必ずしも高いパフォーマンスにつながっていませんでした。⁷
これは、
経験が不要という意味ではなく、経験も継続的にアップデートする必要がある
ということです。
患者の価値観もEBPの一部
同じ研究結果を見ても、患者によって「最善の選択」は異なることがあります。
例えば、
- 少しでも早く競技復帰したいアスリート
- 再発リスクをできるだけ下げたい選手
- 手術を避けたい患者
- 時間や費用に制限がある患者
では、同じ治療選択肢でも重要視するものが違います。
EBPでは、研究エビデンスと臨床家の判断だけでなく、患者の目標・価値観・希望を意思決定に含めることが重要です。¹˒⁸
「科学的に最も効果が高い治療」が、必ずしもその人にとって「最も良い選択」とは限りません。
EvidenceとExperienceの役割は違う
両者を対立させる必要はありません。
Research Evidenceが教えてくれること
- どの介入が平均的に有効か
- どの程度の効果が期待できるか
- どのようなリスクがあるか
- 何がまだわかっていないか
Clinical Expertiseが担うこと
- その研究が患者に当てはまるかを判断する
- 患者の状態を評価する
- 適切な介入を選択・調整する
- 経過を観察する
- 必要に応じて方針を変更する
Patient Valuesが教えてくれること
- 何を達成したいのか
- 何を優先するのか
- どのリスクを受け入れられるのか
- どの治療が現実的なのか
この3つを統合して初めて、Evidence-Based Practiceになります。
What We Know|現在わかっていること
- EBPは研究エビデンスだけを意味するものではない。¹
- 臨床家自身も、科学的知識と個人的経験を異なる種類の知識として認識している。²
- 研究デザインだけでエビデンスの価値を判断することはできない。³
- 質の高い研究でも、個々の患者への適用可能性を検討する必要がある。⁴
- Clinical Expertiseは研究を患者に適用するための重要な要素である。⁵
- 臨床判断は認知バイアスの影響を受ける可能性がある。⁶
What We Don’t Know|まだ単純に答えられないこと
- EvidenceとExperienceをどの割合で重視するべきか
- どの程度の臨床経験でExpertiseが十分になるのか
- 研究結果と臨床経験が矛盾したとき、常にどちらを優先すべきか
- 個々の患者に対する治療効果を研究結果から正確に予測する方法
これらには、すべてのケースに共通する単純な答えはありません。
だからこそClinical Reasoningが必要になります。
医療従事者・トレーナーへのメッセージ
Evidence-Based Practiceとは、
「論文に従うこと」でも、
「経験を信じること」でもありません。
まず現在の最良のエビデンスを知る。
その研究が目の前の患者にどこまで当てはまるかを考える。
自分の臨床専門性を使って評価・適用する。
そして患者本人の目標や価値観を含めて意思決定する。
さらに、結果を確認し、必要であれば考えを修正する。
このプロセス全体がEBPです。
< Take-Home Message >
エビデンスと臨床経験は、競争相手ではありません。
Evidenceは臨床判断の土台を提供し、
Clinical ExpertiseはそのEvidenceを目の前の患者に適用するために使われます。
そして、その判断には患者自身の価値観や目標も含まれます。
Evidenceだけでも不十分。
Experienceだけでも不十分。
重要なのは、
Evidenceを理解し、Experienceで適切に使い、患者とともに意思決定すること。
それがEvidence-Based Practiceです。
< Reference >
- Sackett DL, Rosenberg WMC, Gray JAM, Haynes RB, Richardson WS. Evidence based medicine: what it is and what it isn’t. BMJ. 1996;312(7023):71-72. doi:10.1136/bmj.312.7023.71.
- Dewitt B, Persson J, Wallin A. Perceptions of clinical experience and scientific evidence in medical decision making: a survey of a stratified random sample of Swedish health care professionals. Med Decis Making. 2024;44(3):335-345. doi:10.1177/0272989X241234318.
- Gil AB, Piva SR, Irrgang JJ. Considerations for assessment and applicability of studies of intervention. Clin Sports Med. 2018;37(3):427-440. doi:10.1016/j.csm.2018.03.008.
- Murad MH, Katabi A, Benkhadra R, Montori VM. External validity, generalisability, applicability and directness: a brief primer. BMJ Evid Based Med. 2018;23(1):17-19. doi:10.1136/ebmed-2017-110800.
- Paez A. The “architect analogy” of evidence-based practice: reconsidering the role of clinical expertise and clinician experience in evidence-based health care. J Evid Based Med. 2018;11(4):219-226. doi:10.1111/jebm.12321.
- Saposnik G, Redelmeier D, Ruff CC, Tobler PN. Cognitive biases associated with medical decisions: a systematic review. BMC Med Inform Decis Mak. 2016;16(1):138. doi:10.1186/s12911-016-0377-1.
- Choudhry NK, Fletcher RH, Soumerai SB. Systematic review: the relationship between clinical experience and quality of health care. Ann Intern Med. 2005;142(4):260-273. doi:10.7326/0003-4819-142-4-200502150-00008.
- Schlegl E, Ducournau P, Ruof J. Different weights of the evidence-based medicine triad in regulatory, health technology assessment, and clinical decision making. Pharmaceut Med. 2017;31(4):213-216. doi:10.1007/s40290-017-0197-3.








