長頸靭帯症候群(以下ITBS)とは、オーバーユース傷害の中でもよくみられる障害の一つで、膝の外側に過剰な刺激が与えられることにより起こります。特に長距離走やサイクリングなどの持久系のスポーツなどにみられます。長頸靭帯(以下ITB)とは、骨盤の外側から大腿の外側にかけて走る線維鞘のことで、股関節と膝関節をまたぐ、下肢の動きに関わる重要な組織です。骨盤との付着部付近では大腿筋膜張筋、そして大臀筋とも繋がっています。遠位付着部は脛骨外側のガーディ結節と主に知られていますが、近年の研究では外側靭帯と合わさり、大腿骨外側上顆、骨粗線、そして膝蓋骨外側にまで広がるようにして付着していると報告され、その付着部の広がりから、ITBSは摩擦ではなく圧迫による滑液包もしくはその付近の炎症だと言われています。
症状
ITBSの主な症状は以下の通りです。
- 膝の外側への刺すような痛み
- 膝を曲げ伸ばしする際にITBが膝の外側で擦れ、スナップするような感覚がある
- 膝の外側への腫れ
- 股関節の外側に拘縮や痛みが感じられる
- 運動やウォーキングなどの後に膝の外側に痛みを感じる
診断/評価
診断には、怪我の既往歴、痛みのパターンや、どれくらいの期間症状が続いているのかなどを確認します。股関節の筋力や可動域、膝関節や足関節の機能やアライメントなどが診断の際にチェックされます。ほとんどのケースでX-RAYやMRIなどの画像診断は必要とされませんが、急性外傷起因となるアクシデント(スポーツ時の衝突や膝を捻ったりするなど)があるようであれば、MRIもしくは超音波などの画像診断を必要とされる場合があります。
- 外観
- 腫脹が見られることもある
- 触診
- 膝関節から2−3cm上の大腿骨外側上顆、もしくはガーディ結節に圧痛がある
- 可動域
- 制限は特にみられないが、可動域テスト時に痛みがある
- (特に膝関節30度あたりで起こる)
- スペシャルテスト
- Noble compression test (+) = 膝が30度のところで圧迫点に痛みが現れる
- Ober’s tests (+) = ITBのタイトネスというよりも、股関節伸展位での内転に対する恐怖感やガーディングが現れるかどうかを見る
治療法
ITBSの治療はほとんどが保存的治療によるもので、手術をするケースは稀であります。ITBSの発症には様々な要因が関係し、しばしばその原因追及が複雑であることもありますが、多くの場合で股関節外転筋の筋力不足がみられるようです。また、内反膝や膝関節の内旋などのアライメント不良がある状態だと、遠位付着部への圧迫ストレスが増加することがわかっているため、動的アライメントや運動時のフォーム改善へのアプローチも必要となります。
注意点として、引用した文献からの見解で、ITBSを圧迫性の傷害と捉えると、セルフケアをする際フォームローラーやマッサージボールなどで患部を圧迫すると、逆に悪化させてしまう可能性があるため注意が必要です。
- ストレッチ;1分3セット以上行うことで、筋の過緊張を多少緩める効果があるとされるが、それ以下の時間では組織の伸張は期待されない。*ストレッチ自体には長期的というよりも、短期的なタイトネス、および可動域の改善に効果があると報告されている。
- 筋力トレーニング;股関節まわりの筋力トレーニングは、一般的にITBSの治療において最も重要であるとされる。片足立ちで行う臀筋群のエクササイズや、股関節外転、外旋筋群のエクササイズは必須である。ここでは中臀筋、大臀筋の筋力不足を補い、動的な神経筋のコントロールを改善させるためのトレーニングを推奨している。臀筋群の過緊張は、逆にITBの張力を増しストレスがかかるため、やりすぎにも注意しなければならない。
- リトレーニング;ランニングフォームを矯正することは大切であるが、単純な筋力トレーニングのみでは改善は難しいとされる。可能であればランニングコーチなどにサポートを依頼し、個々にあった段階的なトレーニングを組んでいく。ITBSを伴うランナーには膝の内旋と股関節の内転が大きいことが報告されているため、自身のランニングフォームを客観的に評価し、フィードバックを得た上で修正していく必要がある。
- 注射;ステロイド注射がオプションとして医師から提示されることがある。ステロイド注射は即効性があり、炎症を抑えるのに効果があるが、ITBSの根本的な治療としての効果はあまりない。
- 手術;保存的治療で6ヶ月以上経ち、回復が見られなかった場合に手術を提案されることがある。ITBを引き伸ばす手術、滑液法を取り除く手術、ITBの損傷部を取り除く手術など様々であるが、ほとんどの方法にて術後の回復は良好であると報告されている。
競技復帰
完全な競技復帰に至るには、怪我をする前の状態に戻っている状態が望ましいですが、以下のことに気を付けていく必要があります。
- 痛みがなく可動域が完全に回復していること
- 競技に必要な筋力、筋持久力が回復していること
- 競技スポーツに必要な運動が問題なく、繰り返しできること
- 練習に完全復帰する前に、ステップに分け徐々に参加する
- ランニングでの復帰初期では1日おきに、平坦な道を走ることからはじめ、徐々にペースを上げていく
- 復帰後しばらくは下り坂のランニングを避ける
- 3−4週間のトレーニングを経てから、徐々に距離と頻度を上げていく
- 平坦な道でのランニングで痛みがなければ、坂道や凹凸のある道でのトレーニングも取り入れていく
- 再発しないよう、急激な強度変化を避ける
予防
ITBSを起こす可能性のある要因として以下が挙げられます。
- 骨盤の横幅が狭い
- 大腿骨大転子が大きい
- 過剰な股関節の内転
- 内反膝
- 膝の内旋
- 大腿筋膜張筋もしくは大臀筋の筋力低下もしくは過活動が起こっている
競技復帰後もコアトレーニングや股関節周りのエクササイズを継続すること、そして柔軟性を保つよう心がけることでITBS再発のリスク軽減につながります。
以下の点は再発予防としてその他勧められていることです 。
- 十分なウォームアップとクールダウンを続けていく
- 正しいランニングフォームを維持できるよう心がける
- トレーニング後、きちんと体をリカバリーする時間/日にちを設ける
- ランニングシューズをある程度のスパンで買い替え、ソールがすり減りすぎないようにする
~ Reference ~
-
Friede MC, Innerhofer G, Fink C, Alegre LM, Csapo R. Conservative treatment of iliotibial band syndrome in runners: Are we targeting the right goals? Phys Ther Sport. 2022 Mar;54:44-52. doi: 10.1016/j.ptsp.2021.12.006. Epub 2021 Dec 27. PMID: 35007886.
-
Hutchinson LA, Lichtwark GA, Willy RW, Kelly LA. The Iliotibial Band: A Complex Structure with Versatile Functions. Sports Med. 2022 May;52(5):995-1008. doi: 10.1007/s40279-021-01634-3. Epub 2022 Jan 24. PMID: 35072941; PMCID: PMC9023415.
-
Hadeed A, Tapscott DC. Iliotibial Band Friction Syndrome. [Updated 2022 May 30]. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2022 Jan-. Available from: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK542185/
-
Hyland S, Graefe SB, Varacallo M. Anatomy, Bony Pelvis and Lower Limb, Iliotibial Band (Tract) [Updated 2022 Aug 8]. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2022 Jan-. Available from: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK537097/?report=classic